進化するがん医療進化するがん医療


新しいがんの現状をお話ししましょう

がんが増えているいちばん大きな原因は、寿命が長くなったからです

がん細胞
がんはいったいどんな病気なのでしょうか。

吉本先生(以下敬称略)がんは、体内の一個の細胞が、遺伝子の異常によって、無秩序(自律的)かつ無限の増殖能を獲得した新しい生き物です。正常な細胞はもともと強い増殖能をもっているのですが、その増殖は他からコントロールされており、勝手気ままに増殖することはありません。
 しかし、がんは自律的な増殖する力を獲得した生き物で、勝手気ままに無秩序な増殖を続け、体を蝕んでいくのです。がんは、増殖に伴う遺伝子の変異によって多様な性質(多様性)を獲得し、しぶとく生き続ける術を次第に身につけていきます。多様性で問題となるのは、抗がん剤治療に対して強い抵抗性をもつ細胞が現れて、治療が困難になることです。また、がんは増殖に伴って全身へ転移していきます。だから、がんは早期発見・早期治療がたいへん重要なのです。


日本でのがんの現状を教えていただけますか。

吉本がんは、1981年から日本人の死因の第1位を占めています。がん死亡は、現在年間約30万人で、この数字は第2位の心疾患15万人、第3位の脳血管障害14万人を合わせた数よりも多いのです。
 この数字は当分の間はさらに増加していくものと思われます。2004年では、新たにがんに罹っている患者数は約60万人ですが、15年後の2019年には100万人にも達すると見込まれています。このため現在3人に1人ががんで亡くなっているのですが、いずれ2人に1人ががんで死亡するようになるだろうと見られています。


死亡率の推移(昭和22年~平成14年) 資料:財団法人 がん研究振興財団「がんの統計2003」より
恐ろしい現状ですね。死亡率が高いのはどの部位でしょうか。

吉本日本人のがんの死亡者数では、肺がんが第1位です。男性では1993年から肺がんが胃がんを抜いて第1位となり、女性では胃がんが第1位で、肺がんが2位となっています。1999年の肺がんによる年間死亡者数は約5万2千人です。次に胃がん、肝臓がん、膵臓がんなどが上位です。私の専門の乳がんは、女性の6位くらいです。


がんが増えている原因はなんでしょうか。

吉本多くのがんは、高齢者の病気です。昔は若くして死んでいましたから、がんになる前に死んじゃったわけです(笑)。ですから、がんが増えているいちばん大きな原因は、寿命が長くなったからです。高齢者が多くなってがんが増えたということです。
 肺がんは、タバコの喫煙や大気の汚染が主な原因です。とくに、たばこがいちばんの原因ですね。1日に吸うタバコの本数と喫煙年数を掛けた数が500を超えた人は特に要注意です。アメリカではたばこの箱にはっきりと「喫煙によりがんになります」と書いてあります。この喫煙への警告によって喫煙率が低下し、肺がん死亡者も減少していきましたが、日本ではなかなか減らない(笑)。
 他の社会的な要因もあります。肝臓がんのいちばんの原因は、C型肝炎ウィルスです。これは戦後の予防接種の注射針などから広まったという意見もあります。C型肝炎ウィルスに感染してから約30年で肝臓がんが発生するのですが、中高年以上の方が当てはまり、今はまだ増えつづけています。輸血からC型肝炎になる場合がありましたが、最近では検査が行きとどきほとんどなくなりました。


中高年や高齢者の方は注意が必要ですね。

吉本がんは年齢とともにリスクが高くなります。肺がんや胃がんなど高齢者に多い病気です。最近増加している前立腺がんや肝臓がんなどもそうです。しかし、40歳を超えるといろいろながんがみられるようになりますから注意が必要です。子宮がんや乳がんなどはもっと若い年齢からみられます。


増加しているがんや、減少しているがんはなんでしょう。

吉本増えているがんは、肺がん、前立腺がん、大腸がん、乳がんなど。乳がんでいうと、わずか20年間(1975~1995)で約2倍になりました。卵巣がんは欧米では減少していますが、日本では増加しています。欧米ではピルの服用によって卵巣がんが減少したといわれています。
 一方、胃がんは減少しています。塩分の過剰摂取が胃がんの大きな原因といわれていましたが、減少した理由のひとつは冷蔵庫の普及でしょう。昔は食べ物を保存するために塩をたくさん使いましたが、冷蔵庫の普及で塩分の摂取量が減りました。今ではたくわんでもお味噌汁でも塩分は控えめです。もうひとつの原因としてピロリ菌が最近注目されています。これは胃の非常に強い酸性の中で生きる細菌で、胃炎、胃潰瘍、胃がんをひき起こすことが明らかになっています。抗生物質による除菌が推奨されています。
 子宮頸がんは、性交によるウィルス感染が、第一の原因と考えられていますが、最近は減少しています。


性別・主要部位別・年齢階級別がん罹患率(昭和50年・平成10年の比較)
肺がん 乳がん 胃がん
資料:財団法人 がん研究振興財団「がんの統計2003」より

よく治っているがんはどんなものがありますか。

吉本乳がんと子宮頸がんなどはよく治っています。難しいのは、膵臓がん、肺がん、食道がんなどです。がんがどれくらい治っているかというと、正確なデータはありませんが、おおよそ半分くらいでしょうか。
 しかし、がんの治療成績は最近どんどんよくなっています。癌研究会附属病院では大腸がんの約1/3は、外科手術をしないで内視鏡による切除だけで治っています。大腸ポリープに発生する早期の大腸がんは、内視鏡による切除だけで完治するケースが非常に増えています。早期胃がんは、95~98%まで完治する病気ですが、最近では内視鏡による切除だけで完治するケースが増えています。


乳がんは食生活の欧米化と、女性のライフスタイルの変化により増加しました

最近では、乳がんが日本人女性の30人に1人の発症率ということですが。

吉本日本では毎年約3万5千人が新たに乳がんに罹っていて、現在治療中の患者は9万人を超えるといわれています。乳がんの罹患率(年齢補正による)は、日本人女性の部位別がん罹患の第1位になりました。死亡率は全体でみると女性の6位です。しかし注目すべきことは、20~60歳の年齢枠でみると、女性の臓器別がん死亡率の第1位が乳がんだということです。とくに40~50歳代の女性では、乳がんで亡くなられる方の割合が高いのです。家庭においても社会においても重要な役割をもつ年代ですから、女性にとって最も恐ろしいがんだといえます。
 乳がんの死亡率は1990年頃を境にして世界中で激減しているのですが、日本では残念ながら2002年まで増え続けています。乳がん罹患率が20年間で2倍に増加したことが影響していると思います。女性10万人あたりの乳がん死亡率は2001年で15.0、2002年で14.9となって初めて減りました。おそらく今後は日本でも乳がん死亡率は減少に向かうと思います。
 乳がんは、あらゆるがんのなかでいちばんよく治っているがんのひとつです。マンモグラフィー検診で早期発見ができるようになったことと、治療法(抗がん剤治療)がよくなったことがその理由です。乳がん手術後の10年生存率(手術後10年経って何人生きているか、他の病気や交通事故での死亡を含む)は、40年前は約61%でしたが、最近では83%にもなっています。10年間で5%位ずつよくなっているのです。


乳がん術後生存率 資料:癌研究会附属病院における乳がん術後生存率(経年的推移)

乳がんが増えた原因はなんでしょう。

吉本原因のひとつは食生活の変化です。欧米にならって動物性脂肪の摂取量が増え、豊かな食生活になると乳がんに罹りやすくなります。乳がんにとっては、今の食生活よりも戦前の質素な食生活のほうがいいのです。ただ、現在日本人女性の平均寿命は世界一ですから、豊かな食生活が全体的な健康にいいことは間違いありませんが、乳がんや大腸がんにはよくありません。
 栄養状態がよくなると初潮が早くなり閉経が遅くなります。この間の女性ホルモンの働きが乳がんの発生を高めます。また、肥満の問題もあります。肥満は閉経後の乳がんリスクを高めます。欧米の女性は肥満の人が多いため高齢者の乳がん罹患率が高くなっています。日本では50歳前後がピークですが、少しずつ高齢に向かっています。30~40代のときに太っているかスリムかで乳がんのリスクは違ってきます。


乳がんは一種の文明病ともいえますか。

吉本本当にそうです。もうひとつの原因は女性のライフスタイルの変化です。乳がんは月経歴と出産歴が大きく関係します。なかでも、初産年齢は最大のリスク要因です。早く子どもを産むと乳がんになりにくく、遅いほど乳がんになりやすいのです。出産前の乳腺細胞は発がん刺激に敏感で遺伝子に傷がつきやすく、出産すると乳腺細胞は発がん刺激に敏感でなくなるからです。
 乳腺細胞が、発がん刺激に敏感な時期が長いほど乳がんリスクは高くなります。昔は初潮から初産までの期間が短かったのに比べ、今はものすごく長くなりました。昔は14~17歳で初潮を迎えたのに対して、栄養状態がよくなってきたため、今では11~14歳と早くなっている。初産年齢をみると、昔は早く結婚し20歳頃から子どもを産み始め、5、6人も産んで育てた。今の女性は社会で働いている人が多いので、30歳過ぎてから出産する女性が多い。しかも出生率は昔の3~4人から今や1.3人を下回っている。これらが乳がん増加の要因になっています。初産年齢が高い女性や未経産の女性は要注意です。


自己検診でも発見できますか。

吉本他の臓器がんと違って乳がんは、自分で乳房を触ってしこりを発見することが可能です。自己検診を行い、乳房の変化をいち早く発見することがポイントです。しかし、しこりを作らない乳がんも少なくありませんから、自己検診でわかるのは乳がんの一部です。自分で異常を見つけたときには、それが悪いものなのか良いものなのか自己診断しないで、必ず専門医に診ていただきましょう。早期発見・早期治療でずいぶんと治癒率が高くなります。
 しかし、自分で異常に気づかない場合もありますので、医師による検診を定期的に受けておくことが大切です。最近では老人保健法(老健法)による乳がん検診が、ようやく軌道に乗りつつあるところです。今までの検診では、マンモグラフィー検診(乳房専用X線撮影)はなかったのですが、これからは40歳以上の女性は乳がん検診で併用することになっています。小さな早期がんも発見することができ、視触診と比較して発見率が約10倍高くなるといわれています。普及率はまだ不十分ですが、今後ますます普及するでしょう。


乳がん治療法の現状はいかがでしょうか。

吉本乳がんの治療成績はめざましく改善してきています。もうひとつ、乳がん治療で進歩といえるのは、小さな手術で治るようになってきたことです(縮小手術)。具体的には現在、日本全国で約半数の乳がん患者さんが乳房温存療法を受けています。比較的早期の乳がんでは、治癒率を犠牲にしないで乳房温存治療が可能になっているのです。世界的には1980年頃からですが、日本で導入されたのは1986年です。
 今まではほとんどの人に腋の下のリンパ節を郭清(※)していました。これが原因で、腕がむくんでくる(リンパ浮腫)とかいろいろな後遺症で苦しむことが多かったのです。最近では「センチネルリンパ節生検」という新しい検査法が普及してきて、転移していない患者さんには、リンパ節郭清を省略するようになってきました。
 乳がん治療の進歩は、この10年間で新しい段階へと進化し、さらに進化の途上にあると思います。ホルモン系の抗がん剤治療(ホルモン療法)と化学療法の発展にはめざましいものがあります。放射線治療を併用して術式の縮小化が進み、クオリティの高い外科手術が広まったことなどによって、より質の高い治療をめざす方向へと進化してきたということでしょう。(次回へ続く)

郭清(※)…がんを切除する際、周辺のリンパ節を切除すること。がんはリンパ節に転移しやすいことからがんの根治・予防のために行われる。


吉本賢隆(よしもとまさたか)先生のプロフィール

吉本賢隆先生 1948年広島県出身
1974年東京大学医学部卒業
・東京大学医学部附属病院研修医(1974-)
・東京大学医学部附属病院第二外科入局(1978-)
・埼玉県立がんセンター 腹部外科(1981-)
・癌研究会附属病院 外科(1984-)
・癌研究会附属病院 乳腺外科副部長(1998-)
・国際医療福祉大学附属三田病院 乳腺センター長(2005-)
・よしもとブレストクリニック院長(2012年開院)
元:東京大学医学部・東京大学医科学研究所非常勤講師
国際医療福祉大学教授

資格・役職
医学博士
日本外科学会 専門医
日本乳癌学会 専門医 評議員(元総務理事)
日本臨床外科学会 評議員
日本消化器外科学会 認定医
日本がん治療認定機構 暫定教育医
米国臨床癌学会(ASCO)名誉会員
New York Academy of Science Active member
英国腫瘍専門誌 Annals of Oncology 査読委員
マンモグラフィ読影(精中委)認定A