進化するがん医療進化するがん医療


がん治療はさらに進化していきます!



“オーダーメイド医療”は、21世紀がん治療のキーワードです

現在、注目されているがん治療法はなんでしょう。

吉本先生(以下敬称略) : がんの治療法はめざましく進歩・発展してきました。それに伴い治療成績もどんどんよくなっています。21世紀を迎えて、これからは“オーダーメイド(テーラーメイド)医療”に移っていこうとしています。オーダーメイドというのは、たとえば洋服でいえばその人の仕立てに合わせて服を作ることですね。既製服よりもより自分の体に合ったよいものを作るときにオーダーメイドにします。がん治療法での“オーダーメイド医療”とは、同様に1人ひとりのがんと、1人ひとりの体の個性に合わせた治療法を行うことです。

従来の治療法との違いはなんでしょうか。

吉本 : たとえば、Aの治療法は60%の人に効果が期待されるとします。Bの治療法は65%の人に効果が期待されるとします。今の治療では、65%の人に効くBのほうがいい治療法です。しかし、みんな同じように65%効くわけじゃなくて、35%の人には効かないわけです。全体でみれば、65%の人に効く治療法が優れていますが、私のがんは60%の人に効くAの治療法のほうが効くかもしれないのです。全体にとっていい治療法と、1人ひとりにとってのいい治療法とは違うということです。
 今までは、その人に効くかどうかは実際使ってみなくてはわからなかったのです。これからは、がんの遺伝子を調べることによって、予めあなたにできたがんには、この抗がん剤が効くのか効かないのかがわかるようになります。オーダーメイド医療が進めば、効かない無駄な治療はやらなくてすむし、治療効果をより高められる。1人ひとりにとって最善の治療ができるということなのです。これが“オーダーメイド医療”の目的なのです。

抗がん剤は、髪の毛がぬけてしまうとか強い副作用がこわいですよね。

吉本 : 副作用の研究も進んでいます。たとえば3合くらいお酒を飲むと少し酔いが回って気持ちがいい。ところが、3合のお酒が致死量になる人もいます。アルコールを分解する力というのはみんな違うんです。それと同じように抗がん剤の副作用の現れ方もみな違います。血液をとって、その人の遺伝子を調べることによって、副作用がでるかでないかを予知できるようになると考えられています。これから研究が進めば、副作用の少ない治療法を選択できるようになります。

具体的にはどのように調べるのですか。

吉本 : 遺伝子は、4つの塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)が対になって2本のらせん状に並んでいます。4つの塩基の並び方で20種のアミノ酸を選択してタンパク質を作っていきます。この塩基がところどころ変わっちゃうんです。これをSNP(スニップ)と呼びます。変わることによってできてきたタンパク質はちょっと違ってくる。SNPの発現の具合によって、さまざまな酵素の働きが微妙に変化し、それによって個性が出てくるんです。遺伝子はたった3万数千個しかないのですが、個性は千差万別です。人間の遺伝子は、体のなかに30億個の塩基が対になって並んでいるのです。そのなかの塩基が1個ずつちょっとずつ違っています。だいたい20万個所とか100万個所ぐらい変わりやすいところがあるといわれています。血液をとってSNP(スニップ)を調べることによって、薬の副作用のでかたを予測できると期待されています。
 今まではやってみなければ副作用が現れるかどうかわからなかったのですが、これからは副作用を予知してから治療しようとしています。この“オーダーメイド医療”は、21世紀がん治療のキーワードです。治療効果を予知し、副作用を予知するということは画期的なことです。
DNA配列
DNA配列

日本のがん治療でなにか問題がありますか。

吉本 : 現在では、がんの治療法はグローバルになっており、すべてオープンにされています。基本的に世界中でいいとされているものは日本でも取り入れています。
 ただ、日本の医療保険制度の規制で非常に大きな問題があります。厚生労働省が日本の医療行政を管理していますが、がん治療においてはゆがみが生じています。日本では「国民皆保険制度」があります。これは平等に一定の医療が受けられるようにということですが、国としては総医療費を押さえることに躍起です。
 世界的にいい治療法であればいずれは使えるようになります。しかし、いい治療法が世界中に普及してきても、日本人がその恩恵にあずかれるまでに非常に大きなタイムラグ(時間の遅れ)があるのです。たとえ高度ないい治療がみつかっても医療保険に認可されるまで使えないからです。

世界に比べて、日本の医療規制は厳しいということですか。

吉本 : 緩和の方向に向いてはいるけれど、日本の医療はいわば共産医療なんです、世界一の。新しい治療法がアメリカやヨーロッパでふつうに行われているものが、日本でなかなかできないという制約があります。
 たとえば、新薬がでたとします。しかし、日本では認可までにたいへん時間がかかり、なかなか使えるようにはなりません。その間、その新薬を外国から買ってきて治療しましょう、ということが日本では簡単にできないんです。厚生労働省が非常に厳しく取り締まっています。基本的には、厚生労働省が認可した医療以外はやってはいけない状況にあります。それは「国民皆保険制度」を維持しようということと、総医療費を抑制しようということで、このような弊害がでてきているのです。
 たとえば世界の先進6カ国(日・米・英・独・仏・蘭)で認可されて、すでに広く使用されている新薬を日本の患者さんがどれくらい使えるかというと、実は2割か3割しか使えないんです。新薬が導入されるまでにものすごい時間がかかるんです。その対策として(※)混合診療というものがあります。これは、保険診療をやりながら自費診療を併用することです。この混合診療を認めようとする方向にありますが、今はできません。

(※)混合診療・・・公的な医療保険が適用となる保険診療と、公的な医療保険が利かない保険外診療の併用を認めること。現在は原則として認められず、一部でも保険でカバーされない治療を受けると、保険適用される診療分も含めて全額自己負担となる。混合診療が導入されると、全額自己負担は保険が適用されない診療分のみとなる。



“未来に向けて、よりよいがん治療法の開発を目指します

通常のお仕事以外に、3年前にNPO法人日本がん臨床試験推進機構(JACCRO)を設立されていますが、その目指すものはなんでしょう。

吉本 : 我々がいい治療法を開発した場合、それが標準治療に比べて、より優れているということをみんなに納得できるように証明しなくては、いい治療法と認められません。「臨床試験」というかたちでその治療法を評価しなければなりません。実は、がん治療の難しさのひとつは、治療法を「評価」することです。たくさんの治療法のなかで、どの治療法がいちばんいいのかをきちっと証明しなくてはなりません。
 昔結核が流行っていたとき、新しい薬が開発されて今まで治らなかったのが劇的に治りました。劇的に効くのですから、いいも悪いもありません。ところが、がんの治療ではこの治療法がいいといっても、ほんのちょっとのことなのです。ほんのちょっとの違いをきちっと評価して、標準治療よりこちらの治療法がいい、ということを試験によって臨床的に評価しなくてはなりません。
 日本ではこの「臨床試験」が遅れているのです。だから、治療法をきちっと科学的に評価して、よりよい治療法を開発していこう、というのが日本がん臨床試験推進機構(JACCRO)を設立した目的です。今の既存の組織ではなかなかうまくいっていないので新しい組織でやっていこう、ということで設立いたしました。

未来に向かって、日本のがん治療法の展望はいかがでしょうか。

吉本 : たとえば抗がん剤で治療するときに、多くのがんには効くけれど、あなたのがんには全然効かないということが起こります。どうしてそうなるのかというと、がん細胞の遺伝子の発現によって治療効果が違うからです。この遺伝子の発現の具合によって、効くか効かないのかを予知し治療法を選択しようというのが、21世紀の大きなテーマです。国は、“ミレニアムプロジェクト”を立ち上げ、研究を推進しています。この“オーダーメイド医療”が実際の医療に導入されるようになると、がん治療は全く新しい時代へとさらに進化していくでしょう。

吉本賢隆(よしもとまさたか)先生のプロフィール

吉本賢隆先生 1948年広島県出身
1974年東京大学医学部卒業
・東京大学医学部附属病院研修医(1974-)
・東京大学医学部附属病院第二外科入局(1978-)
・埼玉県立がんセンター 腹部外科(1981-)
・癌研究会附属病院 外科(1984-)
・癌研究会附属病院 乳腺外科副部長(1998-)
・国際医療福祉大学附属三田病院 乳腺センター長(2005-)
・よしもとブレストクリニック院長(2012年開院)
元:東京大学医学部・東京大学医科学研究所非常勤講師
国際医療福祉大学教授

資格・役職
医学博士
日本外科学会 専門医
日本乳癌学会 専門医 評議員(元総務理事)
日本臨床外科学会 評議員
日本消化器外科学会 認定医
日本がん治療認定機構 暫定教育医
米国臨床癌学会(ASCO)名誉会員
New York Academy of Science Active member
英国腫瘍専門誌 Annals of Oncology 査読委員
マンモグラフィ読影(精中委)認定A