美術館巡りを愉しむ美術館巡りを愉しむ

尾形光琳
伊藤レナの 美術館巡りを愉しむ Vol.5
畠山記念館

俗世から切り離された「市中の隠」茶道具の名品に囲まれ、DNAに組み込まれた「茶の湯」精神を呼び覚ます俗世から切り離された「市中の隠」茶道具の名品に囲まれ、DNAに組み込まれた「茶の湯」精神を呼び覚ます
尾形光琳
日常性を切り離し、無の境地へ

 入り口から本館へ繋がる緑豊かなプロムナードは、茶室の露地に通じます。長すぎず短すぎず、途中緩やかなカーブをもたせ、外界と内界をつなぐ役割を担います。来館者はここで、日常性を切り離し、自我を捨て、身を清め、無の境地へ没入していくのです。
 本館に到着すると、履物を脱いで入館。心を落ち着かせて作品と対面します。





武者小路千家若宗匠と共に、茶の湯の世界を愉しむ
 

今回は特別ナビゲーターとして、武者小路千家若宗匠・千宗屋(せんそうおく)氏と共に美術館を訪れました。




 千宗屋氏が語るように、畠山記念館は畠山氏の強いこだわりにより、茶室をイメージした空間の中で茶道具を最善の状態で鑑賞、茶の湯の世界を自然なかたちで体感できるよう綿密に計算された設計になっています。




『赤楽茶碗 銘早船』楽長次郎作
長次郎




時間の流れで変化する光の中で、秀作を愛でる
国宝『煙寺晩鐘(えんじばんしょう)図』伝牧谿(もっけい)筆




牧谿(もっけい) 牧谿(もっけい)



 作品は、時間帯で変化する障子を通した柔らかな自然光により、微妙に異なる姿を見せます。時と光の力を借りて変化する作品との出会いは、まさに一期一会。かけがえのない一瞬の出会いを大切にしたいですね。また、座敷に正座した視線での拝観は、掛軸が最も美しく見える本来の鑑賞に近いスタイルです。


四季折々の風情を感じながらの一服は、至福のひととき
「躑躅(つつじ)図」尾形光琳筆




尾形光琳 たらし込み 付立て たらし込み



 茶券400円を別途に購入すれば、展示室内の椅子や畳に腰を下ろし、作品を鑑賞しながらお抹茶と干菓子を愉しむことができます。季節に合わせた書画に取り囲まれ、四季折々の風情を感じながらの一服。まるで茶会に招かれたかのような贅沢なひとときです。
 「茶の湯」とは、もてなすお客を思いやるコミュニケーションの美学であるとともに、自然や時の経過を愛でる「風雅な遊び」。お点前や所作の繰り返しの動作は、「自分を見つめつつ忘れ、自分を超えていく世界」であり、日常とは少し違う自分を見つめる『動の座禅』とも言われます。茶道具は、これら美的行為の重要な「素材」なのです。
 
 「茶をやる精神で仕事をしたまえ」―事業家としての畠山氏がストライキで頭を痛めていたとき、近代を代表する数寄者・益田鈍翁(三井物産創設者)はこう励ましました。畠山氏はこの言葉に決意を新たにし、事業に邁進します。「茶の湯」の精神は、事業家畠山氏の人生の大きな支えでもあったのでしょう。
 ここは、俗世から切り離された「市中の隠」。周囲の雑踏から切り離された非現実世界で、茶道具の名品に囲まれ、忘れていたDNAに組み込まれた「茶の湯スピリット」がみるみる呼び覚まされていくのが感じられるのです。


レストラン&カフェ 料亭『般若苑』
 記念館と隣接するのは、料亭『般若苑』。この敷地は、もと薩摩藩主島津重豪の別荘、明治維新後は寺島伯爵の邸、その後畠山一清が購入し私邸としたところです。氏は、奈良般若寺の遺構を移し『般若苑』と名づけました。現在は料亭として公開され、その美しい庭園は記念館からもゆったりと眺めることができます。




住所●
〒108-0071
東京都港区白金台2丁目20-12
電話●
03(3447)5787 Fax:03(3447)2665
交通●
都営地下鉄浅草線 「高輪台駅」下車(A2出口を左折徒歩5分)
都バス JR五反田駅より(反94・反90系統 高輪台駅前下車徒歩5分)
開館時間●
10:00-17:00(4~9月)10:00-16:30(10~3月)
休館日●
月曜日(祝日のときは翌火曜日)、展示入替期間、年末年始
入館料●
一般:500円(400円)/学生:350円(300円)※( )内は20名以上の団体割引料金
呈茶●
茶券 400円
URL●


特別ナビゲーター/千宗屋(せんそうおく)氏


本名:方可(まさよし)
武者小路千家家元後嗣。慶應義塾大学大学院文学研究科前期博士課程修了。 武者小路千家は、表千家、裏千家と並ぶ千利休直系の三千家、宗屋氏は15代目にあたる。NHK教育「趣味悠々・茶の湯」『Vogue Nippon』『Brutus』『和樂』など各種メディアに登場、現代における「茶の湯」のあり方を提示。また、日本美術史の研究にも意欲的に取り組む。現代美術にも造詣深く、蔡國強とのコラボレーション(2002、箱根彫刻の森美術館)や恵比寿ガーデンプレイス開業8周年記念イベント(2002)の空間プロデュースなどを手がける。明治学院大学非常勤講師。
●武者小路千家公式サイト
http://www.mushakouji-senke.or.jp/




伊藤レナ(いとう れな)プロフィール
フリーアートライター。明治学院大学大学院文学研究科芸術学専攻博士課程前期修了。専門は日本近世(江戸時代)絵画。その他、古今東西の美術、また美術にとどまらず映画、演劇、音楽、文学など幅広く芸術全般にわたり、ジャンルに拘らず面白いものには接近する。最近は、心理学、精神分析、占いなどにも興味津々。
論文:「若冲についての覚書―「動植綵絵」中の4作品のルーツを探る」
(明治学院大学大学院文芸術学専攻紀要『bandaly』第1号、2002年3月)
●URL●http://www.e-rena.net