進化するがん医療進化するがん医療


がんに負けない心構えを教えましょう!



生活習慣を改善することで、がんを防ぐことができるのです

がんの予防にはどんなことが大切ですか。

吉本先生(以下敬称略) : がんにならないための一般的な注意事項は、『がんを防ぐための12か条』(国立がんセンター)にまとめられています。
 でも、がんの予防には、なんといっても、たばこを吸わないようにすることが最大の予防法です。また、食生活の改善を心がけることが大切です。塩分や脂肪の取りすぎに注意し、野菜を積極的にとるようにすることが望ましいのは常識でしょう。喫煙や食生活などの生活習慣を改善することで、がんを防ぐことができるのです。
 原因が突きとめられたがんでは、その原因を防ぐことです。ウィルスが発がん原因になっている肝臓がん、子宮頸がんなどはウィルスの感染を防ぐことです。大気汚染や喫煙が原因である肺がんは、大気の浄化やタバコをやめることが予防になります。もうひとつは、薬物(抗がん剤)による予防が今非常に注目を浴びてきているのですが、それでいちばん成功したのは乳がんなのです。



自分もがんになりうる、がんになったときにどうするか、という心構えが必要です

がんの対応策ですが、がん患者や家族が心がけておくことはなんでしょう。

吉本 : がんになったときの心構えは、『がん患者心得十か条』を参考にしてください。このような心構えをもつというのが非常に大切だと思います。

吉本賢隆先生の『がん患者心得十か条』

1. がんになる前にがん保険に入るべし
がん治療には大変なお金がかかる事を知るべし。また、がん保険に入ったときをもって、がんになったときの心構えができたことを知るべし。これ、がん保険の勝れた効用と心得よ。

2. 医者を選ぶも寿命のうち
壮年に達したなら、医者の知己をもて。医者は選ぶもの、医者にかかる前に情報を集めよ。医者を選ぶに、努力を怠るな。がんは専門医にゆだねよ。主治医しだいで寿命の半分は決すると心得よ。

3. がんを受け入れよ
がんは最も身近な病気になったことを知れ。がんを受け入れることからすべては始まる。汝救いを求めよ、さらば救われん(キリスト)。救いを求めないものは救いようがない(仏陀)。

4. 医学の進歩を信ずるべし
がん医療は進化を続けている、信ずるべし。信ずる以外に救いはないことを知れ。民間療法に心奪われるな。

5. がんと闘うな、自然体で臨め
がんと闘うべからず。顔の見えない相手と闘うことは、無益と知れ。いたずらに心身消耗を招くのみ、自然体で臨め。痛みに耐えるな、くすりの世話になれ。

6. 気持ちを切り換える術を身につけよ
泣いてわめいてすっきりせよ。いつまでもくよくよするな。気持ちを切り換える術を身につけよ。気持ちを前向きに切り換えよ。

7. 情報はすべて開示させよ
情報の孤立から身を守れ。情報はすべて開示させ、受け入れよ。医師、家族は情報を閉ざすことの愚を知るべし。情報を閉ざすと一瞬にして信頼は瓦解することを知るべし。

8. 残された人生は長いと心得よ
もはや、がんは死の病ではない。がん患者の余命は長いことを知れ。心筋梗塞でぽっくりもいいが、家族にありがとうの一言も言えないで死ぬのはつらいもの。がんは、何でも出来る時間を与えてくれる慢性病と理解せよ。

9. かけがえのない家族を大切にせよ
心のよりどころ、安らぎは、つまるところ家族に在り。人は一人で死ねるが、一人では生きられないことを悟るべし。

10. 死はつらくない、と心得よ
死は、夢うたかたのうちに訪れるもの。むやみに怖れることはない。人はいずれ死ぬもの、家族に見守られて大往生を遂げよ。



「がんになる前にがん保険に入るべし」とありますが、治療費はどれくらいの負担になるのでしょうか。

吉本 : がんになったら、困ることがあります。がんの治療にはものすごくお金がかかるということです。たとえば、乳がんで再発した場合では、毎月高額医療費(※)の限度額(普通所得者で72,300円、低所得者で24,600円)よりずっとかかります。治療を始めると、医療費が毎月7万円以上も必要になる人が少なくないのです。また医療費以外に、いろいろと経費がかかります。乳がんの場合では、若い40代、50代の方が多いですから、毎月7万円超の出費はたいへんなことです。普通はそんな余裕はないわけですから、がんになる前に「がん保険」に入っておかなければなりません。がんになってしまったら入りたくても入れませんからね(笑)。
 がん保険に入るということは、自分もがんになりうる、がんになったときにどうするか、という心構えができるんです。ちょっとおかしいな、と思ったらすぐ病院に行けるのです。これは、がん保険の勝れた効用です。掛け金も低額ですから、誰でも入りやすいでしょう。生命保険は残される家族のために入るわけですが、がん保険の場合は自分に給付が戻ってきます。現状ではがんの死亡率は3人に1人、将来は2人に1人です。一生のうちにがんになる人はもっともっと多いという時代ですからね。

(※)高額医療費を支払った場合、72,300円以上については3ヶ月以後に還付されます。実質的な医療負担額は月額72,300円ですが、それを超えるものについても還付されるまでは一時的に自己負担しなければなりません。負担が大変な人には役所で「高額療養費貸し付け制度」があって、無利子で借りることができます。

「がんを受け入れよ」これがいちばん辛いですね。

吉本 : これだけがんが増えると、自分がいつがんになるかわかりません。不幸にもがんになったとき、その事実を受け入れなければなりません。受け入れたときに治療が始まります。
 しかし、なかなか受け入れることができず、治療を始めることができない人がたくさんいます。最近では男性でも女性でも独身の人が多いのですが、ちゃんと元気で働けるうちはいいですけれど、健康を損ねたときにどうしたらいいかというと、これは大変です。どうしてここまでほっといたんだろう、という人がたくさんいます。進行したがんを抱えて、尋常でないことは本人がよくわかっているんです。しかし、病院に行ってがんと告知され、治療が始まったら自分の人生どうなっちゃうだろうと考えると、怖くて病院に行けないんです。最後はもう痛くて痛くてがまんできなくなって、あるいは出血が止まらなくなって病院に来るんです。今でもそういう人が後をたちません。早期に発見して病院に行きましょうといっても、家族がいないと、どうしても受診がのびのびになってしまうものです。


「医者を選ぶも寿命のうち」は、具体的にどういうことなのでしょうか。

吉本 : いざ自分ががんになったときに、どこに行ったらいいのかわからないで困っている人が多いんです。アタフタしないためにも、日頃からテレビとかお友だちどうしの話しとか、がんの人のお見舞いなどに行ったときなど、自分もがんになりうるという前提で、常に情報を収集することが大切だと思います。そうでないと、いざなったときにどうしていいかわからない、とパニックになりかねません。
 たとえば医者を知っているかいないかで、これから受ける医療の質がずいぶん違うんです。だから、日頃から医療情報のネットワークを作っておくといいですよ。また、雑誌やその他の媒体で知ったけれど何の手づるがない場合でも、私はあなたに診てもらいたいと、ぜひとも先生にお願いしますと、ぶっつけでいけば医者は必ず診てくれます。



すべて告知されるものだと思って、治療を受けなければなりません

患者さんへのインフォームド・コンセント(がんの告知)について、先生の見解をお聞かせください。

吉本 : 皆さんは告知する側の立場を考えたことがありますか。患者側の立場では、患者さんの性格などをよく考慮して、だいじょうぶそうな人には告知し、だいじょうぶでない人には告知しないでほしいという気持ちがあると思うんです。ところが、がんを告知する側の立場としては、たくさんの患者さんの中で、この人には告知した、あるいは告知しないでいる、ということを1人ひとりについて覚えていて巧みに治療するという芸当はできません。がんを告知しないで治療するということは、それ以降のすべての治療についてウソをつくことです。それでは治療はうまくいくはずはありません。
 情報の公開が原則という時代ですよ。だから、本当のことを言います。医療は患者と医者の間の契約によって成り立っていますから、ウソを言って治療するということはできないんです。ですから、患者になったらすべて告知されるものだと思って治療を受けなければなりません。


告知されて、もう絶望して生きられない、という人にはどうしますか。

吉本 : それは乗り越えていただかなければなりません。昔はがんの告知をすると自殺する人が出るんじゃないかと危惧しました。医者の愚かな親切心で、告知をしなかったわけです。でも実際はそうではなかった。がんの告知を受けて自殺する人が増えているかというと増えていません。
 乗り越えられるものだと思うし、乗り越えていってもらわなければなりません。家族には言って欲しいけれど、本人には言わないで欲しい、という相談をよく受けるのですが、それは家族のエゴです。ですから、患者さんはすべて事実が伝えられるものだという心構えでいてもらいたいのです。ここまでは告知して、ここからは告知しないということはあり得ない話です。


かなり強い精神力をもたなければいけませんね。「あとどれくらい生きられますか」と聞かれたら?

吉本 : たとえば(余命が)1年しかもつかもたないかなんて、それは神のみぞ知るということでしょう。実際わかりません。「どうなんですか?」と聞かれても、「ちょっと厳しいですよ」としか言えません。どうなるかは誰にもわからないのですから、われわれ医者は常に最善を尽くすしかありません。「治りますか?」と聞かれて、「治りません」と答える若い医者が増えていることも事実ですが、このような医者は論外です。
 基本的に治療というのは、人と人との信頼関係で行われるものですから、そこにウソがあったら信頼関係がなくなってしまいます。本当の信頼関係を築こうと思ったら、真実を話す以外にないのです。


人生のセカンドハーフ(後半戦)を迎えた方たちにとって、心身の健康面でのアドバイスをお願いします。

吉本 : 健康というだけではなく、仕事なり趣味なりを掴んで生き生きと生きられるようにと願っています。そして、かけがえのない家族を大切にせよ、ということですかね。どんなに気をつけたとしても、一生健康を損なわないでいくということはできません。その健康を損ねたときに何が頼りになるかというと、最後は家族しか頼りにならないのです。逆にいうと頼りにされる関係を、日頃から作っておかなければならないということですよ(笑)。
 医者をしていると、健康がいかに大切なものかをつくづく感じます。結局ひとりひとりが、健康で生き生きとした人生を送っていくか、それしかないですよね(笑)。(次回へ続く)


吉本賢隆(よしもとまさたか)先生のプロフィール

吉本賢隆先生 1948年広島県出身
1974年東京大学医学部卒業
・東京大学医学部附属病院研修医(1974-)
・東京大学医学部附属病院第二外科入局(1978-)
・埼玉県立がんセンター 腹部外科(1981-)
・癌研究会附属病院 外科(1984-)
・癌研究会附属病院 乳腺外科副部長(1998-)
・国際医療福祉大学附属三田病院 乳腺センター長(2005-)
・よしもとブレストクリニック院長(2012年開院)
元:東京大学医学部・東京大学医科学研究所非常勤講師
国際医療福祉大学教授

資格・役職
医学博士
日本外科学会 専門医
日本乳癌学会 専門医 評議員(元総務理事)
日本臨床外科学会 評議員
日本消化器外科学会 認定医
日本がん治療認定機構 暫定教育医
米国臨床癌学会(ASCO)名誉会員
New York Academy of Science Active member
英国腫瘍専門誌 Annals of Oncology 査読委員
マンモグラフィ読影(精中委)認定A