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- Vol.4 備中高梁・吹屋(岡山県)
備中高梁・吹屋(岡山県高梁市)備中松山城の城下町 銅とベンガラで栄えた鉱山の町
武家街・商人街が残る備中松山藩五万石の城下町
倉敷から北へ35km。岡山県西部の山間に“日本三大山城”の中で最も高い場所に建つ備中松山城がある町、高梁市。明治になるまで“松山”と呼ばれた城下町で、高梁川の舟運で栄えた商家など古い町並みが数多く残り、「備中の小京都」とも呼ばれています。
臥牛山頂に建つ備中松山城は現存する天守12城のひとつで、400年前の天守閣が残っている貴重な山城です。
その山城と高梁川との狭い地域に広がる小さな城下町・備中高梁には、本町・大工町をはじめ、商家の町並み、石火屋町(石火屋丁)に残る武家屋敷の遺構、紺屋川の風景、上谷町の城郭を思わせる薬師院と松蓮寺(映画『男はつらいよ-口笛をふく寅次郎』のロケ地)の石垣と、城下町の見所が凝縮されています。
城下町の見所が凝縮されている高梁の町
高梁の町歩きは、城下町の成り立ちや、江戸期の“土木技師”で茶人だった小堀政一(遠州)に想いを馳せつつ歩くと、興味深いものになります。
繁華街を通ってJR伯備線の線路を越えると、遠州作の庭がある頼久寺に辿り着きます。立派な石垣上に堂坊のあるこの寺は、室町期からの古刹。松山藩主の一人、上野頼久の名に由来し、江戸期に小堀正次(遠州の父)親子が、松山藩の御領代官として赴任していた時に居所としていたところです。
遠州は武士でありながら若いときから建築や造庭の技に優れ、茶は古田織部に学びました。この頼久寺庭園は、寺で政務を執る傍ら作庭したという、禅寺にふさわしい枯山水の蓬莱庭園で、愛宕山を借景にサツキの大刈込みが印象的です。
頼久寺から北に行くと、石火屋町の武家屋敷通りに出ます。緩やかな坂道の両側に、白壁や土塀の家々が連なっています。そのなかでひときわ白壁の美しい長屋門が武家屋敷館で、幕末頃の中級武士の家が今もほぼ当時のまま残っています。高梁高校がある辺りは、藩主の居館だった御根小屋跡です。
再び線路を渡り、高梁川沿いの本町通りへと歩きます。鉄道の開通までこの町は高梁川の舟運で栄えました。人も荷も必ずここを中継地としたため、町筋には豪商の家や蔵が残っています。高梁市商家資料館・池上邸もその一軒。池上家は、江戸期より小間物屋を営みながら高梁川水運の船主や両替商なども行い、明治期には醤油醸造販売に携わった豪商です。
紺屋川沿いにある高梁基督教会は、1890年(明治22年)に建築された岡山県内ではもっとも古い教会堂です。また、1905年(明治37年)建築の旧高梁尋常高等小学校(現郷土資料館)があります。この2つの建物からも、高梁の町が近代文化の一大中枢だったということがうかがえます。
ベンガラ色の家並みが続く鉱山町吹屋
JR伯備線の備中高梁駅からバスで約1時間、標高550mの中国山地の山峡に吹屋の町はあります。驚くほど山奥にあるこの町は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されています。「高梁に行ったら必ず吹屋に足を伸ばせ」と、すすめたくなる隠れた名所です。
吹屋はその昔、銅山とベンガラ※1工場で栄えた町で、「吹屋よいとこ金掘るところ、掘れば掘るほど金が出る…」という俗謡があるくらいです。吹屋銅山の歴史は平安初期に遡りますが、栄えたのは江戸期から明治期で、江戸末期からは銅の副産物である顔料・紅殻(弁柄・ベンガラ)の全国有数の産地となり、1965年(昭和40年)頃まで製造されていました。
市中に進んでいくと、赤褐色の石州瓦と紅殻の赭(あかつち)を使ったカラフルな家並みが見えてきます。この町では郵便局や公民館といった公共施設もすべて町屋風の造りで、町の景観を損なわないように配慮されています。
カーブをつけてなだらかに下る道の両側には、立派な構えの家々が約300mにわたって続いています。そのなかの一軒が吹屋郷土館で、ここで吹屋の歴史や建物のことを学ぶことができます。
町の北側にある坂を上ると、1874年(明治6年)開校の旧吹屋小学校の木造校舎があります。2012年に廃校となってしまいましたが、吹屋の絶頂期に建設された小学校校舎は往時の繁栄を偲ぶことができます。
最後に、近在する笹畝(ささうね)坑道※2とベンガラ館※3へも足を伸ばしてみましょう。笹畝坑道はかつての銅山を一般公開していて、ヘルメットを被って内部に入ると、当時の作業の様子が人形を使って再現されていて、その一端を知ることができます。東方の山中には、紅殻の富豪広兼家があります。800坪の敷地に長屋門、門番・不寝番部屋、母屋、離れ、土蔵3棟、厩舎、下男下女部屋を備え、中庭には水琴窟もあります。山裾に構えられ下から見ると、さながら山城のような超豪邸で一見の価値ありです。
※1:酸化第二鉄を含んだ赤色の顔料で、インドのベンガル地方で産したのでその名があり、日本では吹屋が唯一の産地だった。江戸時代中期に発見され、やがて硫酸鉄(ローハ)を原料として工業化されたベンガラは、九谷焼・伊万里焼・京焼などの赤松、輪島塗の漆器、衣料の下染め、家屋や船舶の塗料に使われていた
※2:笹畝坑道から続く吉岡銅山は、地表下400メートル近くに達するメインとなる竪坑で、そこから枝分かれして採掘場まで至る坑道が9本掘られていた
※3:ベンガラ館は、ローハと呼ばれる原料から釜場~水洗い~脱酸~乾燥という紅殻製造工程が再現されている
アクセス
交通 |
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問い合わせ先 |
高梁市観光協会
TEL:0866-21-0461
吹屋観光協会
TEL:0866-29-2222 |
マップ
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