懐かしい歴史の町並み探訪 Vol.10 奈良・今井町(奈良県橿原市)懐かしい歴史の町並み探訪 Vol.10 奈良・今井町(奈良県橿原市)

奈良・今井町(奈良県橿原市)伝統的建造物が軒を連ねる町並み

伝統的町並みの白眉

奈良県中部、大和三山に数えられる畝傍山、天香具山を望み、建国の聖地とも呼ばれる橿原神宮のほど近くに今回の目的地、今井町はあります。文化庁が選定する「重要伝統的建造物群保存地区」は全国で114カ所(2017年7月現在)ありますが、そのなかでも今井町の町並みは、白眉。500棟の伝統的建造物が軒を連ねる町並みを歩いてみましょう。

寺内町から発展した全国一の伝統的町並・今井町

徒歩でもっとも近い近鉄「八木西口駅」を降りて、南へ。飛鳥川に架る蘇武橋を渡ると、そこは江戸時代そのもの。時代劇の撮影などにもよく使われる町、今井町があります。

今井町は東西約600m、南北約310mの環濠集落で、町内にある民家およそ760軒のうち8割近くが江戸時代から残る伝統的建造物です。そのほとんどが単に保存されているだけでなく、今も住民が生活しています。

天文年間(1532~55)、本願寺の一族、今井兵部は御坊(稱念寺)を開き、その寺内町として発達したのが今井町の始まりです。一向宗の門徒が武力を保持し、外部に抵抗するいわば要塞都市でした。全国にいくつか残っている寺内町のなかで、今井町は規模・現存度ともに国内最大であると言われています。

室町時代に浄土真宗などの仏教寺院、道場(御坊)を中心に形成された自治集落のこと。濠や土塁で囲まれるなど防御的性格を持ち、信者、商工業者などが集住した。

自治都市・今井町

織田信長の一向宗弾圧が始まると、周囲に塀と土塁を築いて抵抗するものの、天正三年(1575)明智光秀に降伏し、寺内町としての機能は16世紀に幕を閉じました。その後、江戸時代の大半(約180年間)の天領(幕府領)として自治権が与えられ、大阪方面との商取引が盛んとなり、大和の一大商業都市へと変貌しました。

肥料商、木綿産業、酒造業、塩屋などの株仲間もでき、両替商へと発展し、大名に金の貸出しもしていた商家もありました。藩札と同じ価値のある独自の紙幣「今井札」も流通し、「大和の金は今井に七分」、「金の虫干し玄関まで」などと称され、海の商都・堺と比肩するほどでした。

そのような今井町の繁栄も、元禄時代(1688~1704)になると徐々に下降していきます。諸大名や武士への貸金が無効となって大打撃を被り、富豪が消滅。栄華を誇った今井町は急速に衰退していくこととなります。

しかし、町民の気質は変わらず、明治時代になり、急激な近代化が進むなか、今井町はその波に抵抗し、鉄道の敷設にも反対した結果、商業都市としての姿は失われていくものの、昔ながらの町並みは保持されました。

  • 今井町の町並み①
  • 今井町の町並み②
  • 今井町重伝建地区を示す看板
  • 豊太閤本陣跡
  • 稱念寺
  • 今井・寺内町・重伝建地区の看板
  • 復元された旧南口門
  • 環濠集落の濠に咲く菖蒲

今井町を歩く

今井町散策の前に立ち寄りたいのが、「今井まちなみ交流センター華甍(はないらか)」です。町並みの移り変わりや民家の特徴をパネルやビデオ・模型などで紹介し、町の概略がよくわかります。

今井の町歩きは、花甍から堀跡を渡って、重文建築を中心に御堂筋・本町筋・中町筋などの東西に通る道筋を巡ることになります。濠の内部に入ると、それまでの都市近郊の風景から突然、古い町並みが展開し始めます。

中尊坊通りへの路地を抜けると、国の重要文化財にも指定されている高木家の旧邸宅があります。酒造業を営んでいたこの家は屋号を「大東の四条屋」といい、四条屋の分家として幕末に建てられた、切妻造りの総二階建てになっています。正面左隅の小さな坪庭は、代官や大名の家来といった特別の客を迎えるときは玄関にもなったといいます。細い路地を隔てた河合家は「上品寺屋」の屋号で今も造り酒屋を営み、軒先の杉玉がいかにもそれらしい佇まいです。

中橋家のとなりには、200年以上前から杉樽による醤油造りをしている、恒岡醤油醸造本店あります。重厚な蔵造りの店内には、醤油樽の上に商品が並べられています。そこから御堂筋を通って町の成り立ち・今井御坊の前身だった稱念寺へ。豪壮な入母屋造りで、堂内には快慶作と伝えられる阿弥陀如来が安置されています。 ここからすぐの豊田家は、今西家に次いで古い寛文二年(1662)の建築です。

代々、今井町の惣年寄りを務めた今西家は、西方に環濠を廻らせた城郭を思わせる構えで、本瓦葺き一部三階建て。町で最も古い慶安三年(1650)年の建築。外部を白漆喰で塗り固め、入母屋造りの破風を前後に違えて「八ツ棟造り」と呼ばれています。5月の「今井町並み散歩」の期間以外は事前予約が必要です。

本町筋から北へ上がって音村家、旧米谷(こめたに)家、上田家、吉村家、山尾家と巡れば、いくたの歴史を生きた今井の家々に刻まれる、栄華と気概を感じることができます。伝統的建造物は、本瓦葺または桟瓦葺の屋根を持つ「ひらや」、または「つし二階」の町家が軒を連ね、その二階の壁面には、意匠を凝らした「虫籠窓(むしこ)」や「家紋」などの装飾が施されています。

常時一般公開されているのは、中町筋北側の旧米谷家。金物・肥料商であった商家を解体修理して、1975年から公開しているものです。また、町の最北端、北尊坊通りにある「今井まち衆博物館新堂屋」(山尾家)では、着物や生活道具を見学できます。

今井町と努力と誇り

今井町は1993年、重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)に選定されています。これは全国で37番目の選定ですが、1976年の最初の選定(角館、高山、京都、萩)からすると、ずいぶん遅い印象を持ちます。この疑問を「今井まちや館」の方に訊いてみると、「強制的に保存させてもらわなくとも、自分たちの手できちんと守っていく風土があったから」ということでした。町並み保存のために、住民の努力と誇りがあったからこそ、この町並みが保たれてきたのでしょう。

町で定められた掟「町掟」によって、江戸時代から大きな大火が起きなかったことも要因の一つですが、住民がコミュニティの崩壊を危惧して、観光地化にも否定的だったという話も聞きました。保存地区になる以前から、これほどまでに江戸時代そのものが残っているということは、いかに住民の意識が高いかを示しています。

反面、重伝建地区で改築などが制限される(旧態を保った形の改築でないと国の補助が出ない)ため、その前に駆け込みで新建築に改築した家もいくつかあるとか。町並み保存の難しさを垣間見ることができますが、ぜひともこの貴重な文化財の集積を守っていってもらいたいものです。

  • 今井まちなみ交流センター華甍
  • 河合家住宅/蔵元・河合酒造
  • 高木家住宅
  • 重厚な蔵造りの恒岡醤油醸造本店
  • 中橋家住宅
  • 豊田家住宅
  • 城郭のような今西家
  • 区域内の家並み
  • 町家の軒先を飾る花々
  • 中町筋の町並み
  • 旧米谷家住宅
  • 音村家住宅
  • 上田家住宅
  • 吉村家住宅
  • 山尾家住宅
  • 外壁に彫られた紋所の意匠①
  • 外壁に彫られた紋所の意匠②
  • 外壁に彫られた紋所の意匠③

アクセス

交通 JR「畝傍駅」徒歩約8分
近鉄「八木西口駅」徒歩約5分
近鉄「大和八木駅」徒歩約10分
問い合わせ先
教育委員会事務局今井町並保存整備事務所
TEL:0744-29-7815
今井町町並み保存会
TEL:0744-22-1128

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Profile

室田 隆 Takashi Murota

1950(昭和25)年、東京都生まれ。
生保会社に40年勤務。高校から通算12年にわたり、山歩きに勤しむ。最近、山歩きも復活(年に数回ほど)。
若い頃から古寺・仏像・庭園が好きで、京都・奈良・滋賀を中心に古寺を訪ねる。神戸に勤務した折、「西国三十三所観音巡礼」を満願。その後「坂東三十三所」、「五木寛之の百寺巡礼」をはじめ、全国にある古刹の仏塔(120塔)・仏像と名庭園(460園)を巡る。
退職後は「歴史を感じる懐かしい町並み・集落探訪」をライフワークとして位置づけ、重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)114カ所をはじめ、1500カ所以上の古き良き町家や町並み・農漁村集落を訪問。その維持保存にも思いをはせる日々。
また、「古城・城跡巡り(350城)」、「街道・宿場町歩き」、「枝垂桜の名木巡り」、「東京の坂歩き」、「美術展観賞」などを並行して取り組む。旅の手段は自動車でなく、電車・バスを使った旅のため、「ローカル線の鉄道旅」や「温泉巡り(160湯)」、「地酒行脚」も旅の友として楽しむ。