年輪を重ねることはそれなりに愉しい人生年輪を重ねることはそれなりに愉しい人生

TonTonインタビュー 「フランスを語ることで、日本の良さを再認識したい」   吉村葉子氏
日本には日本の良さがある
20年間もパリに住んでいらっしゃったそうですが東京とパリ、どちらが住みやすいですか?
吉村(敬称略):それは東京です。私が日本人だからという大前提はありますが、それがなかったとしても、日本は住みやすい国ですし、東京もいい町だと思います。
だいぶ前になりますが、東京は世界一物価が高いし、外国人にとって住みにくい町の筆頭だと言われていたことがありますが。

吉村:そうでしたね、そう言われていたことがありましたね。覚えております。外人記者クラブのジャーナリストがおっしゃったのでしたね、あれは。バブル真っ只中の東京でしたし、大手新聞社の外国人特派員にとっても、東京の物価は高いでしょうし、なによりも家賃が高いと思うでしょうね。
 私もたまに招かれて東京での彼らのお宅にお邪魔する機会があるのですが、唖然とするほどデラックスな会社借り上げのマンションにお住まいですもの。まあ、パリでもロンドンでもロスでも日系企業の駐在員は現地社員に比べればはるかにデラックスなマンションにお住まいなのですから、同じことですよ。
 あの頃はともかく、今となっては同じクラスのほかの大都市に比べれば、東京のお家賃は決して高くないですよ。
そうですか。

吉村:ええ、ロンドンにアパートを借りていたこともありますし、つい最近もNYに行きましたが、やはりそう思いました。今や東京は世界一の巨大都市。物理的に考えても、圧倒的に広いわけです。マンハッタンのソーホー周辺やセントラル・パーク、ロンドンのナイトブリッジあたり、パリの16区やサン・ジェルマン、東京の広尾とか麻布といったファッショナブルでありながら人が住める地域のお家賃を比べないと、一概に高い安いは言えません。外国の事情が分からずに、世間で言われることは多いですね。

お金やモノがなくても平気なフランス人!?
今回、双葉社から出した『お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人』は、まさに今風なタイトルですね。
吉村:タイトルはちょっとあざといというか、確かにウケを狙っておりますが、中身は自分で申し上げるのもおこがましいのですが、硬派なお笑い満載です。ザーッとご覧いただけばお分かりかと思いますが、多くの方にご満足いただけるような気がします。
読んでみましたが、本当にそうですね。最初は女性をターゲットにしている、世間によくある日仏比較文化論かと思わないこともありませんでしたが、違いますね。
吉村:全然違いますよ。まず、私は大の日本好きですしね。
文中に「おフランスでは・・・・」というのがないですね。
吉村:ありませんよ。私が親しくしているフランス人のだれもがチャーミングでコケティッシュではありますが、気取りなんてないですもの。
そうですね、この本に書いてありますね。日本人の方がはるかに気取っていると。

吉村:そう、わが国のしきたりや習慣にもいい点がたくさんあるのですが、日常のそこかしこで肩に力が入ってる。本を書いている最中、フランスでの20年間を総ざらいしながら、私はしきりと日本の昔に思いを馳せておりました。
どういうことですか?

吉村:たとえば、コンビ二がなかった時代、私たちの生活はどうだったかとか。
そうですね、つい最近までなかったですね。なくてもすんでいたかと思うと、不思議ですね。現在はコンビニ依存症ですね。
吉村:そうでしょう。悪いとは申しませんが、その分、モノを買うということに関してはイージーになっていませんか?
困ったときのコンビニだのみですからね。ついでにコンビニ弁当も買ってしまう。
吉村:それもいいのですが、一事が万事で、なくてもすませることがなくなってしまった。近くのコンビニに行けば、いつでも買えますから。「工夫」とか、「ガマン」という言葉が死語になっている。
ガマン・・・、してますけれどね(笑)。
吉村:お父さんたちは、してますよね。ただ、何にガマンしているのかが、とても曖昧になっていませんか?どうしてガマンしなくてはならないか、それが問題なのに。
というと?

吉村:拙著に書きましたが、あとが面倒だから子供を叱らないのも、ガマンですよね。また、そんな方はいらっしゃらないかもしれませんが、たとえばサラ金。金利がやたらと高いのに、ガマンしてお金を借りている。「仕方がないじゃない、今、必要なお金がないのだから」と、高い金利を容認してしまう。サラ金については、借りる側にさまざまな深刻な理由がおありなのでしょうから、ここでとやかく申し上げるのはよします。
 ですが、たとえば子供を叱ることについては、親の責任においてしなくてはならないこと。子供の教育は妻に一任しているから、やたらに口出ししたら夫婦の越権行為だと、変な理屈をこねたりはしていないでしょうか。ちょっとでも口を出したら、あとあとまで責任をとらなくてはならなくなるから、この際は黙っていた方がいいとか。そんなことも、『お金がなくても平気なフランス人・・・・』の中に書きたかったのですが、紙面切れでした。

性悪説で育つフランス人、性善説で育つ日本人!
子供のしつけについて書かれてますね。
吉村:はい、書きました。フランス人のママたちは、子供を叱る前に実にねちっこく諭すとね。
ねちっこくですか?

吉村:そうですよ、元来、彼らは人一倍のお喋りですもの。カフェ(喫茶店)で恋人や妻たちと向かい合って、彼らはただひたすら喋る。「愛してるよ、君を・・・」に始まって、どうでもいいことばかりよく喋る。“お金がなくても平気”なのに、“相手とのコミュニケーションがないと不安”なんです、フランス人は。<物言えば 唇寒し・・>とか、<沈黙は金なり>なんていっても通じない。黙っていたら、バカだと思われて、それで終わりですから。
それも疲れませんか?
吉村:大いに疲れますけど、仕方がない、それがヨーロッパ社会のオキテですから。幼いときから彼らは親にガンガンに叩き込まれる、自分の言葉で喋ることを。親も面倒がらずに、どうしていたずらをしてはいけないかを、自分の子供にねちっこく諭す。諭して分かる子供もいれば、分かったふりだけして言うことをきかない子供もいます。フランス人の子供ばかりが物分りいいわけではありませんから。概して日本人の子供の方が、いい子でしょうか。
へーえ、そうなんですか。
吉村:日本の子供は素直ですよ。大人も純というか、性悪説で育っていないので打たれ弱いし、逆境に弱いかもしれませんが、いい性格をしていると思います。拙著にも書きましたが、日本人のビジネスマンと一度でも商売をしたことがある外国人のだれもが一様に評価してます、日本人の誠実さを。
 子供たちの学力が低下したといっても、平均的には圧倒的にできるし、押しなべて努力家ですしね。まあ、平均的というのが曲者ではあるのですが、掛け算、割り算のスピードについては、百題ドリルで鍛えているわが国の子供の正解率が圧勝でしょう。
 つい最近、漢字検定を受けにいった娘が会場で目にした光景を私に嬉しそうに話してくれましたが、なん組もの親子が試験を受けに来ていたそうですよ。彼女は生まれてから高校を卒業するまでパリ育ちでしたから、そうした微笑ましい日本人親子を初めて目の当たりにしたので、とても新鮮だったようです。それだけでも、日本の親子も捨てたものではないなと、私も娘も単純にいいなと思ってしまうところがありますよ。フランスと比べるわけではありませんが。

フランス流子育てのエスプリとは?
文中にありますね、ラ・フォンテーヌ寓話で育つフランス人の子供たちのことが。ラ・フォンテーヌという寓話作家については、わが国ではあまり知られていないと思いますが、フランスではイソップ童話と同じように読まれるとありましたね。

吉村:そうです、ラ・フォンテーヌなくして、フランスの初等教育なしという感じです。小学校に入学し、初めて暗誦させられるのもラ・フォンテーヌの詩や寓話という場合がよくあります。ただし、わが国のイソップ童話がハッピー・エンドや正義の味方で終わるのに対し、ラ・フォンテーヌ寓話は反対です。騙す方より騙される方がアホだし、正直者はバカをみる。あるいは、「最後に笑うものが勝つ」といった教訓に終始しています。
年端もいかない子供のうちに、そう教えるわけですか?フランスでは、すごいですね。
吉村:学校でバスケットシューズをとられた子供に向かって母親はこう言いますもの。
「取られたのだから、取り返していらっしゃい」
それもすごいですね。
吉村:私は新品のバスケットシューズを取られた娘に、こう言いました。
「悔しいかもしれないけど、お友だちのを取らなくていいからね、買ってあげるから。あなたはフランス人ではないのだから、取ったりしたらものすごく叱られる」
それもまた、シビアーな世界ですね。
吉村:でも、事実ですよ。「フランスでお客さんとしておとなしくしているから、日本人はいい」と昔から思われているようです。昔は、少なくとも私が少女だった頃には、わが国でも、男はみんなオオカミだと教えられていたものですよ。当時は少女売春も援助交際もありませんから、大人たちが何を言っても、子供の私たちに現実味はなかったですけど。
そうなんですか、今と違いますか。
吉村:大違いですよ。ちょっとニッコリしたらオジサンからお小遣いがもらえるとか、ご飯をつきあえばブーツを買ってくれるオジサンなんて、この世に存在していなかった。今でもわが国以外には、鼻の下と、お財布の紐の両方が緩んだオジサンは、世界中どこさがしてもいない。ペドフィルだ、幼児性愛だと週刊誌ネタにたまになりますが、日常では無縁です。
 トップ・モデルの女の子が、大金持ちの年配の恋人を持ったというネタはゴシップになりますが、特殊な世界のことにすぎない。
 こんなこと申し上げると警視庁からも、被害にあった子供の親たちからも総スカンを喰らいそうですが、モノにつられて少女が売春というのは、これは学校教育ではなく、家庭教育の問題のような気がします。社会通念の歪にほかならないですよ。ごめんなさい、すぐに話が逸れますね。なにしろ、お喋りなフランス人の中でもまれて20年なので、それなりに鍛えられましたから(笑)。
女の子たちに警戒心をおこさせないのもまた、性善説からでしようか?
吉村:そうでしょうね。彼女たちにはまったく危機感がない、叱る親もいないかもしれませんし。
親たちは分からないのですよ。それよりも危機感がないというのも、困りものですね。
吉村:事件になるのは、氷山の一角に過ぎませんからね。本来はそういうものではないはずなのですが。
文中にありましたね、「フランス人は性悪説で育つから子供のときから懐疑的だと」というのが。わが国では、子供はピュアーなものとして育てられ、ゆくゆくは大臣か学者、桃太郎や金太郎のように親孝行な大人になるのが理想だと。

吉村:ええ、書きました。桃太郎や金太郎になれればいいけれども、物語のヒーローになれなかったときが問題だと。私たちの時代は、それでもまだよかったと思うんです。これからの時代は、子供はピュアーなままに刻苦勉励していい大学を出たからといって、なんなのだということになりませんか。
そうですね、勤勉さや善良さが評価されない時代になっていますからね。
吉村:だとしたら、少々ひねくれていても、社会の矛盾や悪に免疫力の高い子供になった方がいいのではないかと思えてきます。
そうなると教育する親のほうも問題になりますね
吉村:わが子がいい子に育ってくれと願う親心は一緒でも、危機管理能力の高い子供に育てるというのは難しい。大体、親に危機感がないのですから・・・。
そうでしょうか。
吉村:それもある種日本人の良さですしね。私たちの性格が穏やかなのも、そのためですから。ニコニコしていて、はっきり意思表示をしないと言われながらも。

TonTon インタビューを終えて

『お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人』はサーッと読めてしまうのに、こうしてお話を伺っていると、日本とフランスの価値観には、それぞれに奥深いものがありますね。イメージとは違って、フランス人の生活に対する考え方は実に合理的かつシンプルに徹底しているのはおみごとですね。お互いの良さを再認識することで、役に立つことがいろいろとありそうです。 吉村葉子氏の新刊本『フランス人がお金を使わなくてもエレガントな理由』も好評発売中です。ここはひとつ、皆さんにぜひ読んでいただきましょう。


パリの職人  吉村葉子/写真 宇田川 悟 (角川書店)

パリでは職人の工房を訪ねよう。 もうひとつの味わい深いパリの旅に。


『パリの職人』吉村葉子著
角川書店(2006年5月発刊)
定価:905円(税別)
 『パリの職人』は、パリ生活20年という生活文化研究家の吉村葉子氏が、パリの街を支え続ける職人たちの工房を訪ね、フランス人の確かな審美眼に育まれた技と品、そしてドラマを紹介する一冊です。
 庶民的な通りにある1867年創業の老舗パイプ店。世界のVIPが名刺を注文する印刷工房。毎日完売御礼、グルメなフランス人の舌を魅了する豚肉惣菜店。かつての靴大好き少年が、超高級店宝石店の軒を連ねる繁華街に開いた靴店など、すべてのものがその場で買える工房兼ショップ27店を紹介。職人たちが丹精込めて作り上げた珠玉の作品の数々が、旅情に浸る読者の心を揺さぶります。華やかさだけではない、パリの誇り高き職人たちの息づかいが聞こえてきそうです。
 あなたも本書を手にパリの街を散策してみませんか。ひょっとすると、あの職人さんに会えるかもしれません。
吉村 葉子(よしむらようこ)氏プロフィール
吉村 葉子(よしむらようこ)

神奈川県生まれ。立教大学経済学部卒業。生活文化研究家。
20年間のパリ滞在経験を通じ、フランスおよびヨーロッパ全域を対象に取材、執筆を続ける。日仏の価値観の相違にスポットを当てたエッセイが好評を得ている。『お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人』(双葉社)『ラクして得するフランス人 まじめで損する日本人』(河出書房新社)『結婚しても愛を楽しむフランスの女たち 結婚したら愛を忘れる日本の女性たち』(双葉社)、『わが子を勝ち組にする「ラ・フォンテーヌ」の童話』(講談社)など著書多数。


吉村葉子さんHP