年輪を重ねることはそれなりに愉しい人生年輪を重ねることはそれなりに愉しい人生

世代を超えて、いつまでも着続けられるニット製品を残していきたい。
ニットデザイナー 齋藤 佳名美氏
ニット製品の服飾デザイナーで、「みやこ編物」の創業者である故・齋藤都世子氏。そのお孫さんである齋藤佳名美氏が、このたびユニークなウエディングドレス“DRESS FOR EVER”を企画・創作した。部分的に手直しを加えることで、普段着としても着用できるドレスである。この商品には、親子3代にわたって築いてきた“齋藤都世子ブランド”のニットの特長が生かされている。世代を超えて着続けることのできる“齋藤都世子ブランド”の継承者、齋藤佳名美氏にお話を伺う。
結婚式の思い出が詰まった品として、いつまでも着続けられるウエディングドレスを作りたい。
このたび、画期的なニットのドレスを創作されたと伺っています。
どのような製品なのでしょうか。
「すべて手作りのニットのウエディングドレスは
珍しいかもしれません」と語る佳名美さん。
齋藤氏(以下、敬称略):すべて手作りのニット製品で、“一生着られるウエディングドレス” がテーマです。いつまでも着られるという意味で、“DRESS FOR EVER”という作品名をつけました。普通のウエディングドレスは、結婚式で一度着たら終わりです。でも、それではあまりにもったいない。そこで考案したのが、お直しをすることで、普段の日にも着ていただくことのできるドレスです。結婚式の日の幸せな思い出を、ずっと着続けていただくことのできる洋服です。
リユースができるという点で、従来にはない斬新なドレスなのですね。
齋藤:はい。糸をほどいて一から作り直すのではなく、部分的にお直しをすることで普段着として着ていただくことができます。このようなドレスを企画した背景には、大量生産・大量消費の中で使い捨てられてしまう服ではなく、世代を超えていつまでも着続けていただける服を作りたい、そういう洋服の文化を残していきたいという思いがあります。
商品の対象年齢は、30歳代以上だそうですね。
齋藤:おもに30~40歳代が中心です。商品開発にあたり、貸衣装屋さんを回っていろいろなウエディングドレスを見たのですが、10代、20代なら着られるというドレスがほとんどでした。近年、結婚年齢が高くなっている中で、もう少し上の年齢層の方が着られる、落ち着いたウエディングドレスがあってもいいのではないかと感じたのです。
「DRESS FOR EVER」と名づけられた新作のウエディングドレス。そでやウエストを手直しして、普段着として着ることもできる。色のバリエーションは20以上あり、自由に選ぶことができる。写真のドレスは、上着が同じで、スカートのバリエーションが楽しめるタイプ。スカートを変えるだけで、まったく違った雰囲気を演出できるように考案されている。
従来のドレスと比べて、デザイン的な違いはありますか。
齋藤:従来のドレスは、完全に出来上がったものが多いような気がします。すると、自分の個性を出そうとしても、ドレスを選ぶ段階で終わってしまいます。そうではなくて、「こんな風に見せたい、こんな風に着たい」という新婦さんの思いに応える部分を残してあげたい。その意味で100%完成されたドレスではなく、どこかしら着る人の手が加えられるようなドレスになっています。
具体的には、どのように工夫されているのですか。
写真左のヴェールが、写真右ではショールに変身。
好みに応じて変化がつけられるのも、新作ドレスの特長のひとつ。
齋藤:たとえば、リボンひとつ付けただけで見た目がまるで違って見えたり、ヴェールにもなれば、ショールにもなる飾りを付けたり、上着だけ変えれば印象が違って見えるようなドレスを作りました。また、お腹が大きくなった方でも選択の余地があるように、デザインにバリエーションを持たせたりしています。
着心地にも、こだわったドレスと伺っています。
齋藤:本来、新郎新婦というのは、自分たちをお祝いしてくれる人たちをもてなす立場にあると思うのです。人をもてなすためには、可動性が高くて、楽に着られるドレスの方がいいのではないだろうか。そんな思いもあって、着心地を大切にしたいと考えました。
ニットならではの特長も生かされているのでしょうか。
世界初、ニットの打掛「しだれ桜」
齋藤:もちろんです。今回の新商品には、祖母の齋藤都世子が生み出したニット製品の特長が存分に生かされています。たとえば、1点1点イージーオーダーであること、お直しができること、着心地重視であることといった特長は、齋藤都世子ブランド、つまりみやこ編物のニット製品に共通した特長です。裏を返せば、祖母が創業して以来、今日まで連綿と続いてきたみやこ編物の65年の歴史が、新商品のウエディングドレスに結実しているのです。


着心地がよくて、お直しができる。齋藤都世子ブランドのニットは、祖母の趣味から誕生した。
祖母の都世子さんが創業された、みやこ編物についてお伺いします。
創業のいきさつからお聞かせください。
編物制作室で従業員に声をかける齋藤都世子さん。
市の産業振興に貢献したとして、益田市の名誉市民に選ばれている。
齋藤:みやこ編物のある島根県益田市は、戦時中、祖母が疎開した先でした。編み物が趣味だった祖母は、近所の農家の主婦を相手に、畑の片隅で青空教室を開き、セーターの編み方などを教えていました。それがとても評判がよく、起業のきっかけになったようです。それと当時の益田には産業がなく、女性のために働く場所を提供してあげたいという強い思いがあったようです。
当時から、フレックスタイム制を導入されていたと伺っています。
齋藤:小さなお子さんがいたり、家が農業をやっている方の場合、どうしても編み物の仕事を休まなければならない時期が出てきます。そこで、一日の中だけでなく、年間を通して勤務時間に融通が効くように、今でいうフレックスタイム制を導入したのです。みやこ編物では、ひとりの編み子さんが必ず1点すべてを編み上げるシステムを採用していますが、これはフレックスタイム制とうまくマッチしています。おかげさまで編み子さんには長く勤めていただいています。今、最年長の方は87歳。その方は、「私、やめなくていいですか」とおっしゃるのですけれど、「もちろん、やめないで続けてください」と申し上げています。
会社は、地域密着で営業されているそうですね。
齋藤:お昼の時間になると農家の方や漁業をやっている方が、その日採れた野菜や魚を軽トラックに積んで会社まで売りに来るのです。それを編み子さんたちが買い求めるという図式が出来上がっていて、これはこれで地域貢献のひとつのあり方ではないかと思っています。
都世子さんが残された功績には、他にどんなものがありますか。
特注の原糸を常時70トン以上保有。国産にこだわり、
糸を染めるのも京都の職人に頼んでいる。
齋藤:やはり益田市の産業振興に貢献したことが一番大きいのではないでしょうか。他にも、オリジナルの糸や編み機の開発などを通じて生産効率の向上に寄与したことが評価され、1995年に卓越技能者労働大臣表彰(「現代の名工」)を受賞しています。
海外でファッションショーも開かれたそうですね。
齋藤:ニューヨークのカーネギーホールで世界で初めてファッションショーを行ないました。この時は、ブロードウェイのダンサーをモデルに起用し、大変話題になりました。翌日の「ニューヨークタイムズ」紙にも取り上げられたほどです。また、パリのエッフェル塔100周年記念イベントの際にトリを飾ったのも祖母でした。この時は、セーヌ川沿いにステージを7か所設け、夜10時くらいから街灯を消し、船上からお客様にショーを見ていただきました。ショーの演出は、バルセロナ五輪の時に火の付いた弓矢を放って聖火台に点火する演出を行なったオリビエ・マッサール氏にお願いいたしました。

<左>カーネギーホールでのファッションショーで、モデルに祝福される齋藤都世子さん(1984年3月)。
<右>エッフェル塔100周年記念イベントで開催されたファッションショー(1989年7月)。
都世子さんの思い出で、印象に残っていることはありますか。
齋藤:「女性はいつまでも美しく、かわいらしくなければならない」と言っていたのを覚えています。本人もかわいらしいところがあって、たとえば病院に検査入院した時でも、医師の前に出ていく時にはお化粧直しをするような人でした。祖母は、海外でファッションショーを開くなどその活躍ぶりは華やかで目立っていましたが、じつは謙虚で、どんな方とも平等に接することのできる人でした。そして、ニットを編む人、売る人、着る人みんなが幸せにならなければ自分も幸せになれないと考えるような人でした。そんな祖母でしたから、お客様が皆いい人ばかりなのです。私は、それが一番ありがたく思っています。
みやこ編物は、都世子さんの遺志を継ぐ形で、
娘、孫と3代にわたって受け継がれてきたのですね。
齋藤:そうですね。祖母の縁の下の力持ちとなっていたのが、母でした。母は5~6歳の頃から、祖母が仕事で忙しい時には家事を手伝っていたそうですし、祖母が仕事で外へ出ていく分、母が家の中の仕事をしていました。みやこ編物は祖母と母の二人で築いてきたといっていいと思います。
佳名美さんご自身は、どのようなお嬢さんだったのですか。
齋藤:生まれた時から編み子さんの中で育ってきたのですが、それはもう、編み子さん泣かせの子供だったようです。編み機を反対に動かすと目が落ちてしまって、せっかく編み上げたものが台無しになってしまうのですが、幼い頃の私はそれを面白がってやるような子供で、随分編み子さんを困らせていたようです。
ニット・デザイナーには、
なるべくしてなったという感じですね。
齋藤:そうかもしれませんね。ニット・デザイナーとしては、毎月300点新作を考案しています。また、ファッションショーの演出なども手がけています。祖母の一周忌に、島根県と益田市の主催で行なったファッションショーを演出したり、「風とともに去りぬ」や「上海エクスプレス」などの映画をテーマに、全日空ホテルでファッションショーを開いたりもしています。

佳名美さんは、映画をテーマにしたファッションショーなども
企画している。写真は、『風とともに去りぬ』をイメージしたもの。
齋藤都世子ブランドの魅力をあらためてご紹介ください。
齋藤:身長によって柄の位置を変えるなど、お客様の体型に合わせて作るイージーオーダーであること。肩が凝らないなど着心地を重視していること。そして、最大の特徴はお直しがきくことです。毛玉になりにくく、家庭で手軽に洗濯できるのも特長のひとつでしょう。デザイン的には、流行を追いかけないことを課しています。その結果、いつ着ても飽きのこない洋服に仕上がっていると思います。実際、50年前に購入していただいたニットをお直しすることもありますし、親子3代で着てくださっているお客様もいらっしゃいます。
製品づくりの上で、心がけていることはありますか。
齋藤:祖母の代から貫いていることは、すべてを日本国内で作るということです。日本の経済に少しでも貢献したいという思いがあり、これまでも中国で作らないかというお話をいただくこともありましたが、すべてお断りして国内生産にこだわっています。それと、みやこ編物のニットは、家庭編み機を使って織物と同じくらい手間をかけて編んでいます。そうした作り手の温もりをお客様に感じていただきたいと思っています。手作りにこだわっているので、みやこ編物のニット製品は大量生産ができないのです。


祖母の遺志を継いで、齋藤都世子ブランドのニットを後世に伝えていきたい。
みやこ編物のニットは、どこで購入できますか。
「齋藤都世子ブランド」の新作より。ニット・デザインの
アイデアは、主に佳名美さんと母の晴世さんが考案する。
Model:亜紀(BOOZE)
齋藤:じつは、店頭販売はしておりません。全国に500人以上いる主婦の販売員によって売られています。また、祖母が始めたホームパーティ形式の販売もいまだに行なっています。東京での新作発表会では、私たち家族がお客様60人分の昼食を作って会場に持参し、食事を召し上がっていただいた後、フロアショーを行ない、じっくりと商品を選んでいただいています。午前11時ごろから午後4時頃まで、5時間くらいかけて洋服を選ぶという機会は、なかなか無いかもしれませんね。
とても家族的な雰囲気のある新作発表会ですね。
齋藤:そうなんです。昼食に使う食材も島根県益田市の特産品を取り寄せて作っています。たとえば、渋を抜いた淡し柿(あわしがき)を食べていただいたり、なるべく田舎の味を体験していただけるように考えて作っています。
営業面での課題はありますか?
齋藤:販売員を通して商品を売っていると、なかには売りっ放しになっている商品もあります。お直しができると聞いていたのに結局できないとなると、ブランドイメージを下げることになります。店頭販売をしていないだけに、販売員が辞めてしまった場合、どうしたらお直しをしてもらえるのかわからないという声もあります。最近そのような声が増えてきたので、私が日本全国を飛び回り、お客様に対応させていただいています。
販売後のアフターケアに力を入れているのですね。ブランド戦略の面ではいかがですか。
「齋藤都世子ブランド」の新作より。
Model:渡辺葉子(BOOZE)
齋藤:齋藤都世子ブランドのイメージとして、「花」と「蝶」しかないと思われているところがあります。でも、それはほんの一部で、柄のバリエーションはたくさんあります。なにしろ新作を毎月300点出しているのですから。ただ、一般の方にはそのすべてを見ていただけていなかったので残念に思っています。

販路を広げる意味でも、今後はインターネットの活用も考えられそうですね。
齋藤:今まで広告宣伝をせず、口コミで販売してきたのは決して間違っていなかったと思います。本当に商品を気に入ってくれた人が販売員となり、その方の思いを直接お客様に伝えることで説得力のあるセールスができていたのですから。ただ、今はネットの時代ですので、活用しない手はないかもしれません。私としては、今後も祖母の遺志を継ぎ、何代にもわたって着続けることのできるニット製品を作り続けていきます。たとえ手間がかかり、非効率であったとしても、編む文化を絶やすことなく後世に残していく覚悟です。
最後に、プライベートについてお伺いします。料理がお好きだそうですね。
齋藤:食べることは大好きです。日本でも海外でも、美味しいものがあると聞けばどこへでも飛んでいきたくなります。また、食べるだけではなく、自分で作るのも好きです。たとえば、スペインのバルセロナで、サフランを使った美味しいパエリアを食べたことがあります。そんな時、どうすればあんなに美味しく作れるのだろうかと家に帰ってから研究したりしています。
料理といえば、みやこ編物のある島根県益田市は、
美味しい食材がたくさんあるそうですね。
齋藤:益田市は日本海に面していて、サザエ、アワビ、ノドグロ、アマダイ、ヒラマサなどの海の幸に恵まれています。また、日本一美しい清流・高津川が流れ、アユやワサビなども名産品です。ぜひ、一度益田へいらしてください。
ありがとうございました。
今後も、いつまでも愛される齋藤都世子ブランドのニット製品を作り続けてください。

インタビュー後記

齋藤都世子ブランドの継承者として、精力的に活躍されている佳名美氏。使い捨てではない服、母から子へ、子から孫へと何代にもわたって着続けられる服を作りたいという思いが、インタビューの端々から伝わってきました。また、商売として成功しさえすればいいというビジネス最優先の発想ではなく、大量生産・大量消費とは対極にある手編みの文化を残していきたいという姿勢にも感動しました。


齋藤佳名美(さいとうかなみ)プロフィール
島根県益田市生まれ。祖母でニットデザイナーの齋藤都世子氏の遺志を継ぎ、流行に左右されない、手作りの温もりのあるニット製品の企画・創作を手がける。祖母の代から3代続く「みやこ編物」の経営に携わる一方、齋藤都世子ブランドのニットデザイナーとして、毎月300点近く発表される新作のデザイン、ファッションショーの企画・演出などを手がける。国内外を精力的に飛び回り、齋藤都世子ブランドの一層の普及・PRに取り組んでいる。企画会社・株式会社エランセの代表取締役社長でもある。

INFOMATION
■ニット製品のお直し、承ります。
みやこ編物のニット製品を購入されて、お直しを希望される方は、下記までご連絡ください。お客様の要望に、できるかぎりお応えいたします。なお、齋藤都世子ブランドの新作をご覧になりたい方も下記までご連絡ください。毎月の新作発表会の日程をご案内いたします。

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